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幕末モノ

「壬生義士伝」(浅田次郎)を読んで以来幕末にはまってます。

新撰組といえば殺人狂集団。というイメージを考え直させてもらいました。

司馬遼太郎の作品のような大局観はなく、あくまで隊士個人の語りとして物語られる形式なので自然視野はそれぞれ一個人の見える範囲に狭められる。

司馬遼太郎のいう「一級の人物」ではなかった彼らもそれぞれ自分に与えられた能力のYosimura 限り生き抜いた。

今の時代からみて新撰組を「時代を読めない小物ども」と評価するのは簡単だけど、アナタやワタシだって10年後か、100年後かわからないけれど今の価値体系が180度変わったとき「石油時代の最後になっても新時代の到来を予期できなかった間抜けども」と言われるのは必至なんじゃないか?

大局的に見れば中国・インドの経済発展を待つまでもなく今日の石油文明は崩壊する。

なのに、いまだに馬鹿でかいクルマだの、女優の毛穴まで映る液晶ハイビジョンテレビだのを必至に造って売って買ってる私たちって、なんなんでしょう?

経済発展・景気回復のお題目に乗っかって過労死するまで働いてる僕たちと(僕はそれほど働いてないが。)徳川家の恩為と時代錯誤に戦った彼らとその大局観のなさに変わりはない。

人間一匹見える範囲は限られてる。その限りで精一杯生きるしかない。吉と出るか凶と出るかは運しだい。

壬生義士伝の主人公 新撰組 吉村貫一郎も一生懸命生きたが結果は凶だったのか吉だったのか。

司馬遼太郎のような巨人は歯牙にもかけない一般隊士を主人公に据えた「壬生義士伝」なかなか泣けます。

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コメント

私も最近常々そー思うよーになったんですが・・。
そんな中、明るい未来とは言えない世の中に送り出す生命体を作り出し、育てている。
まるで、子供たちがカモメや魚の餌食になるのを知りながら、大変な思いをして産卵の大業を営むウミガメの親みたいですね。

あーーケ・セラ・セラ・・ってか!

投稿: 小物オヤジ | 2007年12月28日 (金) 08時45分

そーですね。

この期に及んでじたばたしても始まらない。どーせなら、人間一匹破壊できるだけ自然を破壊してやるって、おっしゃってた某天才フライヤーの名言なんかわかりますね・・・

投稿: 酔狂@さんだ | 2007年12月30日 (日) 19時05分

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