「それから」


日本文学は湿っぽいとういか、湿度が高い感じでじめっとするイメージをもっていたので、これまで避けていたのですが、およそ人類が行うあらゆる趣味を網羅していると思われる友人アオちゃんの勧めもあって気になっていた夏目漱石。

司馬先生の「飛ぶが如く」も読み終えたので、買った覚えはないけど自宅の本棚を覗いていたら出てきた夏目先生の「それから」に挑戦中。

まだそれほど劇的な展開に入っていません。というか、「劇的な展開」なるものがあるかどうかも不明。


欧米のエグゼクティブとの会話では、自国の文化にどれほど精通しているかを問われるという。
シェイクスピア何ぞ知らなくてもいいそうなのである。

日本人なら日本文学。

「平家物語における無常観と夏目漱石のいう則天去私とは日本文学においてどのような意味があるのか。」とか聞いてくる。というか試してくるそうである。とくにエゲレス人。

で、ここで気の利いた事を言えないと永遠に馬鹿にされるそうである。
(そんなコトを教えてくれたF氏。イギリスという国は好きだがイギリス人は大嫌い。と)

そんな話もきいたので、欧米のエグゼクティブと語り合う機会などまるでないが、やっぱり日本文学も勉強しようなあ。と思った次第なのです。


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「飛ぶが如く」読み終えました。

長かった。堂々全十巻。
「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」あたりは、まだエンターテイメント的な要素もあり、「坂の上の雲」でも、まだ物語としてクライマックス的なトコロもあったのだけれど「飛ぶが如く」。

これは「小説」なんだろうか・・・。

おそらく意図的に抑揚のないストーリー展開で描かれているコトと、全編に渡っての主人公となる人物が不在ということもあって小説というより、教科書を読んでいるようで何度か中断してしまった。
Ookubo
・・で、「司馬史観」というヤツについて。

「日本人は昭和になって急に悪くなった」という風に要約されて紹介されているのだけれど、なんという作品のどのあたりを根拠に言っているのか未だにわからない。

むしろ、ほとんどの日本人(人類)は昔から愚かであった。と各作品は言っているように感じる。

唯一の例外は坂本竜馬で彼についてだけは、神が維新の為に地上に寄こした天使のようだ。と完全なる評価を与えている。

彼以外については、いいトコもあるけど悪いトコもいっぱいあるフツーの人物として描かれているし、やたら精神論に傾く日本人の集団としての悪癖も戊辰戦争あるいはそれ以前、関ヶ原以来の薩摩藩の藩風から来る思想であって、昭和になって突然発生したものなんていう記述はどこにも見当たらない。

むしろ、「昭和の敗戦の原因は関ヶ原以来の日本の歴史の中に既にあったのだ・・・。」と言っているように読み取れるのだけど、どういうわけで作品群の描写とは正反対のような「司馬史観」なるものが実しやかに語られているのだろう。

ある司馬遼太郎ファンの方によると、いわゆる「司馬史観」というのは司馬先生が晩年神ががった頃にインタビューか何かで口走った話で、作品の中で語られているものではないという。

うーむ・・・。真相や如何に。


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「第8回京都国際マンガ展」の本

先日行った1コママンガ展で発見購入しました。

41dxwwxmgvl_2  上位入賞作品は興味深いと言う意味で面白いです。

外国人作家によるものですが、マンガとしてのアイデアより色使いとか画風に日本モノには見られない独特の淡白さで、ありきたりのネタを新鮮に表現していてマンガというより絵画やアートとして美しい。

1コマゆえにそこに登場するキャラに個性はない。そもそも人間の登場しない作品も多数あり、擬人化されたキャラクターが描かれていたとしても、例えば「サザエさん」みたいに三人兄弟の長女でダンナがマスオさんで、性格はおっちょこちょいで・・・みたいな暑苦しい設定は存在しない。

そこらへんは読者が感情移入できるマンガと出来ない(する必要がない?させない?)マンガの違いなのだろう。

どちらにも面白いマンガつまらないマンガは存在するのだけど、1コマ漫画の感情移入しないで読める突き放し感みたいなのが僕は好きだ。

(ただ長編なのに登場人物に感情移入できないマンガや映画や小説が退屈なのは言うまでもない。)

4コマ漫画はどうすべきか?

ストーリーがある以上登場人物は必要。そしてその行動に読者が共感できなければ読み進められない。でも、オチは「突き放した」モノであってもいいはずだ。ただし、救いがあれば・・・。

文章で書くほど簡単じゃないな。

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仕事ができるひとはなぜ筋トレするのか

413gvftc02bl  仕事も出来なきゃ、筋トレもしてないぼくが何でこんな本読んだのか?

そうしなきゃ、いかんなと感じる事が日々多くなってきたから・・・でしょうか。

本書によれば、筋トレはそれ自体の効果より筋トレを行う事によるメンタル的な部分での変化が大きく、その結果「仕事が出来る」といった副次的な効果が得やすくなるという。

冒頭に書いたことは半分冗談で、僕も通勤徒歩5分の所をあえて自転車で遠回りしてみたり、寝る前に腹筋と腕立てをやったりしてみてます。

体形はなかなか変わりませんが、精神的には強くなるというか細かいことにこだわらなくなるようです。

グランプリの時からやっていたのですが、少々ボツ食らってもヘッチャラとは言わないまでも、ダメでもともと。石の上にも3年。と気長に頑張る事ができました。

その時はそれほど、運動の効果とは思ってなかったのですが本書によると交感神経と副交感神経の作用によって云々かんぬんらしい。

ペンタブレットやキーボードの操作も最終的には筋肉のする事、そういう意味ではこの世には肉体労働しかありえない、筋肉も体力もないよりはあった方が気力や集中力も持続させやすくなる。

熱しやすく冷めやすい典型的な日本人の僕は時事4コマ掲載いらいサボり気味だったチャリ通勤も再び再開いたしました。

「時事4コマ」も苦戦してますが、さらに精進してみます。

Shoubu

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「ああ、自己嫌悪」

12本の中からひとつを選んでもらうグランプリにおいては、もっと直観的に理解できる内容でないといけません。pout

以前にもそんな事を書いたような気もしましたがまたやってしまいました。セリフも多すぎ。せめて絵にもっと華があればマシだっただろう・・・。

で、「ああ、自己嫌悪」。

内容は「どいつもこいつもジコチューな世の中で自己嫌悪できるなんて人間はむしろ希少価値。自分で自分を戒めてやったんだったらいい加減なとこでゆるしてやりなさいな。」といったとこでしょうか。

マスコミへの毒舌ぶりなど、テンポはいいがあまりお上品な文章はその分楽しめ一気に読み終えられた。

最終的には、無理せず等身大で生きてゆこう。という主張に集約されてゆくわけで、そりゃそうだって言えばそれまでだけど読後感は爽快です。

そんなわけで、今週もツマンナイ漫画かいちゃって ああ、自己嫌悪・・・・しましたんで、許してやってくださいweep

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「ウェブ時代をゆく」

同著者の「ウェブ進化論」の続編です。

グーグルなど時代の先端企業やそんな世界に挑戦している人たちの戦いっぷりはとても興味深く読める。

そんなウェブにすべてを賭ける人たちもいる一方で全く関わらない人もいる。

僕が見たところインターネットに対しては3つの接し方があるようだ。

第1 徹底的に嫌う。インターネットなんて空っぽの洞窟であんなものにハマるのは低能。

第2 あくまで巨大な記憶装置・データベース・通信手段としてのみ利用する。

第3 ウェブは現代のフロンティアでそこに夢と希望を見る。

この本の著者はウェブに夢と希望を見るタイプの方です。著者いわく。「現実に満足できない人ほどウェブに希望を抱く」

ちなみに「非属の才能」の山田さんはアンチ・ウェブ派でした。漫画家なんてサブカル擁護派かと思ったのですが、ウェブにそんな期待はないようです。

「新知的生産術」の勝間さんはウェブは上手に利用しよう派です。さすがエリートって感じですね。

僕も著者ほどではないけどインターネット世界に未来があるんじゃないか?派になってきました。

没続きで現実に不満ですから・・・bleah

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「非属の才能」 光文社新刊 山田玲司

Images_2  以前紹介した「新・知的生産術」の勝間氏とは正反対の立場の本です。

勝間氏によれば「資本主義とは賢い人が賢くない人から搾取する社会」だそうで、勝間氏は「賢い人」=勝ち組です。おそらく「勝ち組」に入る、入ろうとする事に疑問すら抱かなかった方でしょう。

表紙を開いた瞬間からエリートの香りがプンプンしてます。

そこへ行くと「非属の才能」の山田玲司さんは「なんで勝ち組に入らなきゃいけないの?」って思っちゃうタイプの方です。(とはいっても、プロの漫画家で週刊誌で連載してる方ですから充分勝ち組みなんですが。)

マンガを描く人でしたら、ダイレクトに伝わってくる内容なので読む価値有です。

マンガを描かなくても何らかの創作活動をしていて今の世の中が資本主義なんかじゃくてただの拝金主義だと信じてる人は共感できるでしょう。

新刊なんでまだブックオフじゃ売ってないと思いますが、勝間氏いわく「本代には金を惜しむな。」であり山田氏いわく「定置網にひっかかるな」(みんなが買ってるからって同じ行動をとるな)でありますが、両者の目指すところというか生き方はたぶん同じ波長を帯びていると思います。

こんな矛盾に満ちた世界って正に、What a wonderful world.

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天才の生産性

33565thumb 天才とは、例えば手塚治虫のことである。

あるいは、モーツァルト。

両者に共通するのは驚異的な生産性。

モーツァルトは約30年そこそこの人生で交響曲が41曲。短編は数知れず。フツー・・たって十分才能ある作曲家ベートーベンとかドボルザークだって第9.せいぜい9曲が精一杯。

それが40曲だからね。ドンだけデータインプットすれば40曲作れんでしょう?

そして、われ等が手塚先生。何作お描きになってるのかわかりません。

「鉄腕アトム」や「三つ目が通る」などの連載モノはマンネリな部分もありますが「火の鳥」シリーズをあげるまでもなくそのストーリーは例えどれか一作のみを採ったとしても現代作家に引けを足らないばかりかむしろ多くの面で凌駕していると思います。

瞬間風速的に手塚漫画を超えた作品があったとすれば「AKIRA」と、完成度の面で落ちて「風の谷のナウシカ」がどうにか肩をならべたくらいか。

つまり、天才とはフツー(といっても、十分才能ある・・・ってしつこいか)のヒトなら一生に一本出来るか出来ないかの作品を落書きでも書くが如くの量産してしまう人。

天才って一般人の入出力とダイナミックレンジが10メモリくらい違うアンプみたいなもんじゃなかろうか。

天才は1しか入れてないのに10出力される。

ちなみに、先日読んだ「新・知的生産術」によるとフツーの人は入出力の割合が5:5だそうである。

そこまで読んでちょっとへこんだ。例えば僕なんかだと10入力して1出る感じ。

まあ「知的生産」ったって漫画で1円も稼いでる訳でないどころか、電気代かかって実際は生産どころか「知的消費」してるわけなんですが・・・

まぁ、そんなわけで4コマ漫画1っポン書くのにも膨大な入力が必要になるのです。

入力とはすなわち「本」である。

だから、買いだめした本を捨てないでください。>ママへ。

・・・・絶対ここまで読まないだろうけど。weep

Honsute

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幕末モノ

「壬生義士伝」(浅田次郎)を読んで以来幕末にはまってます。

新撰組といえば殺人狂集団。というイメージを考え直させてもらいました。

司馬遼太郎の作品のような大局観はなく、あくまで隊士個人の語りとして物語られる形式なので自然視野はそれぞれ一個人の見える範囲に狭められる。

司馬遼太郎のいう「一級の人物」ではなかった彼らもそれぞれ自分に与えられた能力のYosimura 限り生き抜いた。

今の時代からみて新撰組を「時代を読めない小物ども」と評価するのは簡単だけど、アナタやワタシだって10年後か、100年後かわからないけれど今の価値体系が180度変わったとき「石油時代の最後になっても新時代の到来を予期できなかった間抜けども」と言われるのは必至なんじゃないか?

大局的に見れば中国・インドの経済発展を待つまでもなく今日の石油文明は崩壊する。

なのに、いまだに馬鹿でかいクルマだの、女優の毛穴まで映る液晶ハイビジョンテレビだのを必至に造って売って買ってる私たちって、なんなんでしょう?

経済発展・景気回復のお題目に乗っかって過労死するまで働いてる僕たちと(僕はそれほど働いてないが。)徳川家の恩為と時代錯誤に戦った彼らとその大局観のなさに変わりはない。

人間一匹見える範囲は限られてる。その限りで精一杯生きるしかない。吉と出るか凶と出るかは運しだい。

壬生義士伝の主人公 新撰組 吉村貫一郎も一生懸命生きたが結果は凶だったのか吉だったのか。

司馬遼太郎のような巨人は歯牙にもかけない一般隊士を主人公に据えた「壬生義士伝」なかなか泣けます。

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ドグラ・マグラ

Wakabayasi 中学生の時だったか、高校生の時だったかチョイ悪系のクラスメートが当該書籍「ドグラ・マグラ」を「凄い凄い!読んでみろ!」と騒いでいたのを聞き流していたつもりが流れ流れて十数年。

なにかと、私の鈍いアンテナに「ドグラ・マグラ」はひっかかっていたので、「あの暴力バカみたいな奴が、勧める本なんて大したことねーだろ」とタカをくくって読み始めましたが。

すごい。いろんな意味で。

読みやすいかというと、非常に読みにくく、面白いか?と問われれば決して抱腹絶倒という内容ではない。俗にいうところの天才の描いた小説ってカンジ。

実は上巻しか読んでません。下巻買おうかも検討中。でも凄い小説です。

中学生だったか、高校生かの頃この本を読破していたのなら、そして「凄い凄い」とふれまわっていたのなら、奴は案外アタマ良かったんだなあ。

「暴力バカ」なんて言ってごめんなさい。

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